行方不明者の賃借人の荷物を勝手に捨ててしまったら?
名古屋の中小企業法務弁護士のコラムです。
顧問先や大家さんからよく相談されるのが、「賃借人が行方不明になってしまって・・・」ということがあります。
さて、現場に急行すると郵便物はあふれている、外から見るとなにやら洗濯機が・・・ということがあります。
もちろん法的手続で、明け渡しの債務名義を得て強制執行をすればよいのですが、これが結構手間でして、半日はつぶれてしまいます。
大家さんとしては契約書の「1ヶ月不在かつ賃料の支払い無しの場合、遺留品は放棄とみなす」という条項があるので「捨てたい!」という要望があります。
そして、弁護士や世間の知らないところでは、現実に勝手に捨ててしまっている大家さんもいますが、法的な手順を踏まないと損害賠償請求をされてしまう場合もあります。
最悪でも、遺留品は一定期間リストを作り保管しておくことが望ましいといえます。
しかし、そのようなことを怠ったところ、ひょっこりと、賃借人が戻ってきて訴訟が提起され、1933万円が請求されるという裁判が起きたことがありました。
そして、契約書の条項について適法性を主張しましたが、裁判所(浦和地裁平成6年4月22日)は、6ヶ月の賃料の滞納があるが、訴訟を提起し強制執行ができるのであり緊急やむを得ない特別の事情があったと認めることはできない、とされました。
そして、家財の標準的価額(保険会社の「住宅、家財等の簡易評価基準」)250万円、精神的慰謝料60万円、弁護士費用50万円の267万円の支払いが命じられました。
この判決では「権利に対する違法な侵害に対して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合において、その必要の限度を超えない範囲内でのみ例外的に許される」との規範を示しています。極めて限定的な場合しか自力救済は認められない、ということですね。なにやら集団的自衛権の必要最小限度の要件にも似ているような印象を受けますが、大本はドイツ法学の比例原則から来ています。ですから、賃貸の自力救済も集団的自衛権の要件も似てくるのですね。朝日新聞に「集団的自衛権はあるか、ないかの二者択一」であり「量的基準は許さない」という社説が載っていましたが、法律家からすれば絶対に許さないというのは、おおかた極端な意見であることが多く大家さんの自力救済も緊急やむを得ない場合は必要最小限度で認められるとされているように(賃貸の場合はほとんど想定されませんが)、量的基準によりバランシングを図っていくというのが法学の基本的な考え方です。
比例原則の考え方からすれば、目的として原状回復をしたい場合は、より制限的ではない方法として物を放棄しないで保管する方法もあるうえ、法的手続による場合は最終的には明け渡しの強制執行という他の手段もあることから、必要最小限度ともいえない、というあてはめになると考えられます。捨ててしまった財物は別として精神的慰謝料も60万円認められていますので、この点は、大家さんの側もベーシックな慰謝料として知っておく必要があるのではないかと考えられます。