共謀罪―必要性はあるけれども過剰包摂だ。
朝日新聞の報道によれば、共謀罪について,政府・与党は4月中に法案の審議に入り、6月18日までの成立を目指すというが,国際関係論の立場からはオリンピックや我が国が積極的平和外交を繰り広げていることを考えると,日本国内でのテロの可能性も否定できず,「テロ準備罪」としての共謀罪は必要だ。しかし,今回,閣議決定されたものは,「いつかきた道」であり,「狙われたら誰でも逮捕」の悪法と言わざるを得ない。刑法体系を罪刑法定主義から大きく転換し,予備罪が限定的に理解されている我が国の刑法体系を大陸法から英米法に変えるものであり,根底から刑法を変えるのであればそもそも刑法典の改正で対応するべきものだと考える。
国際組織犯罪防止条約(TOC条約)の締結に必要だとして、政府は2003~05年に計3回、共謀罪法案を国会に提出したが,たしかに政府のいうこともそのとおりだ。しかし,TOC条約を締結するにあたっては,殺人や強盗など特に人身に対する罪等に限定するなど立法政策での限定が必要である。朝日新聞が,「一般の市民団体や労働組合が対象となる」「思想や内心を理由に処罰される」といった批判が相次ぐのも,かって,弁護士事務所で「謀議」が行われたと認定された例とも無縁ではない。
今回は20年の東京五輪のテロ対策を前面に出したが,もう少し刑法を理解している人間と国際関係論を理解している人間を配置するべきである。対象は,「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」と規定しているが,その内容をひもとくと,結局ふたり以上であれば良いわけで,犯罪の実行を計画した段階で,処罰の対象となるのであって,「準備行為」も何が「準備行為」になるのか、今の判例法理ではどんどん広がりを見せていくことは疑う余地もない。
通常の団体が組織的犯罪集団に「一変」した場合には対象になるとしている点が問題であり,これは,NHKでも,朝日新聞でも対象になることを端的に示し,「一変」したかを判断するのは捜査当局ということになる。時には政治的判断で,一般の団体を組織的犯罪集団と認定することもあり得よう。それと我が国が直面しているテロリズムとどの程度の因果関係があるのか疑問である。
今回は、公明党の絞り込み要請を受けて、676から対象となる犯罪の数も、過去の法案より減らした。TOC条約は、4年以上の懲役・禁錮の処罰を受ける「重大な犯罪」を計画した場合に罪を設けるよう締結国に求めており、過去の法案では対象犯罪は約620にのぼっていた。今回も原案では676の罪を挙げていたが、「テロの実行」「薬物」「人身に関する搾取」「その他資金源」「司法妨害」の5分類、計277罪とした。
しかし,277でもあまりにも多すぎる。テロリズムを司法的・刑法的に定義すると何なのか曖昧不明確であるが故に,その適用範囲の射程が広がると言わざるを得ない。
たしかに,金融犯罪なども許されるべきではないが,目に見えるテロに対する脅威にあがらうためであれば,まずは、人身に対する犯罪のみに限定するのが相当である。たしかに,テロの資金源など言い出せば射程は際限なく広がる桶屋が儲かればの世界だ。だが,刑法体系を根本的に覆しかねないことや最高裁のGPSの違法判決をみると,やはり立法それ自体にも憲法上の実体的デュープロセスが求められるのであって,政府・与党には「小さく生んで」不都合があれば、立法で対処することでも十分ではないかと考える。
ところで,いま,当職は,共謀共同正犯の弁護を担当しているが,検察官の証明をみていると、犯罪というトラックがあって,それを「このうちの中の誰かがやったらしい」という程度の証明にとどまることをよしとしているのではないか、と考えてしまった。狙われたら全部おしまいの1億総前科社会というのはおかしいのではないか。刑法の謙抑性の理念とも相容れないように思われる。もっとも,制定がなされたとしても,その運用はこうした批判も踏まえ,現状の刑法で対応できるものは、それでよいのではないか。準備罪などは、捜査当局があまり証拠がないが逮捕したい場合に利用されるいわば逮捕権の濫用ともいえる行為である。そうとなれば,手続的デュープロセスからも問題を抱えている、と言わざるを得ないと私は考える。