小林麻央さんを悼う

BBCニュースの報道によると、小林麻央さんが亡くなられた。34歳であった。

 

私は、現在、多くの報道番組がそのスタイルをまねるニュースZEROは論陣を張らないという点で評価は大変低い。

 

その番組の中で、20代前半の小林さんがキャスター席に座ることも何かの決意があって「伝えているのか」と当時から疑問に思っていた。

 

ただ,彼女はキャスターを究めたいというわけではなく、人と人をつなげる太陽のような人であったかもしれない。

 

女性の厄年は男性よりも早いから、若すぎると思いつつも多くの女性に注意が必要な年齢、疲れが出やすい時期でもある。

 

さて、小林麻央さんの闘病ブログ。公共性があるかといわれれば疑問符もつく。BBCは個人的なことがらを語るのを避けようとする日本社会で小林麻央さんのブログは画期的とする。

 

当日のニュースZEROは、小林さんのかっての席に花束を置いたものの、あまり裏話を伝えることなく、冷静に報道した。他方、一部で炎上騒ぎを起こしたのが同じニュースZEROに週に何回か出演しているタレントであった。涙をみせながら「悔しいです」と話したのだった。

 

今日の産経新聞の報道によると、韓国人の生き方を左右するのは「ハン」(恨み)なのだという。これは「昇華」行動といって一時のカンフル剤には良いものだ。ハンは、自分の夢や希望、理想が実現しない現状に対する不満、あるいはやるせない気持ちのことなのだという。しかし、すみなすものは心なりけりの我が国の社会通念とは異なるのではないか。

 

あるタレントが「家族を失ったようで悔しいです」とわざわざ記者会見まで開いて述べたことには違和感もあり、社会からの批判もある。そもそもキャスターの自負があるのであれば言論は自分のフィールドで語るべきだ。

 

麻央さんは,生前,BBCに対して、何かの罰で病気になったわけでもないのに、私は自分自身を責め、それまでと同じように生活できないことに、失格の烙印を押し、苦しみの影に隠れ続けていると心境を述べた。そして、麻央さんの病状が回復困難なものと世間に知られるようになるにつれて日向に出る決心をしたのだと述べた。

 

それは、やはり彼女が自分自身と見つめ合い、そしてこどもたちのために何ができるかを考え導き出した結論ではないか。そこに心の持ちようの余裕と慈愛、深い愛情はあっても「ハン」はない。

 

ガンの闘病はうつ病になる人も多い闘いである。そして、外科的手術など根治的手術を目指さず延命的なペインコントロールをしていく道を選択したのだろうと思われた以上、このような日が来るのは、「日本の空気」だったといえるし、現実の死に直面して本来一番悔しいのは愛する夫やこどもたちと離れる麻央さん、本人ではないだろうか。しかし、彼女はBBCに「ハン」はない、と述べたのだ。心穏やかにお疲れ様でした、とお悔やみ申し上げたい。

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