幸田露伴の努力論。

幸田露伴。

 

五重塔、風流仏などの小説が有名です。

 

小説家としてのイメージが強いのですが,漢文や仏教にも造形が深かったそうです。

 

彼の努力論で,いくつか新鮮な指摘がありました。

 

有時性の散乱心と無時性の散乱心。

 

心が乱れるのはよくないことですが,今日は法律、明日は医学、明後日は文学というようにころころと短期スパンで集中することが変わることのようです。といっても現代教育の多くは,有時性の散乱心でできあがっているような気がします。

 

過程の短縮を目指せ。

 

どんな職業でも真に社会のために役立とうとするのであれば,過程の短縮というのは目標としなえればならないのです。ところが,露伴は,お役所仕事というのは、過程の短縮という観念が非常に乏しく,世の中の人が役所に行くのを嫌がるのは事務の過程を短縮しようという意識にまったく欠けた公務員たちと接するのが苦痛だからだ,と綴っています。突き詰めると,役人は真に社会のために役立とうとする意識を持っているのか疑問だということです。私も,保全で緊急性を要するのに,細かい指摘に丁寧にお答えしていたものの,「今日は午後5時すぎましたから。明日。」といわれて,主任書記官に抗議したことがありました。結局,5分もあれば書ける決定なのでその場で出してもらいました。私が,遺憾に思った根底の気持ちは,露伴のこの言葉だったのかもしれないと思います。

 

露伴は、過程の短縮を心がけない者は必ず落伍者になる、と断言しますが,何となく,公務員は「自分の仕事がなくなる恐怖」に怯えているような感じがします。そのため,明日に廻せる仕事は先送りにして,明日に仕事をとっておく。何の生産性もありませんが,おそらく露伴がいう過程短縮を図れば公務員はおよそ30パーセントは減らせるだからでしょう。

 

高度経済成長期にはパイの分配が重要であったからこそ公務員が重要であったかもしれませんが,不況期には過程を省略してパイを増やす活動にこそ人材を活用するべきだと思います。

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