お役立ちコラム
最高裁は一般論で親会社に対する責任を否定し、ただ、グループを通じた苦情処理システムがある場合は負う場合もあるが、かかる申出をしていないことや、その他の申出も8か月も経過したなどの事実関係の下では、藤山雅行裁判長の狂い咲き判決を是認することはできないとしたものです。もっとも、最高裁の判決は狂い咲き判決をすべて否定したわけではなく、「上告人は,本件当時,本件法令遵守体制の一環として,本件グループ会社の事業場内で就労する者から法令等の遵守に関する相談を受ける本件相談窓口制度を設け,上記の者に対し,本件相談窓口制度を周知してその利用を促し,現に本件相談窓口における相談への対応を行っていたものである。その趣旨は,本件グループ会社から成る企業集団の業務の適正の確保等を目的として,本件相談窓口における相談への対応を通じて,本件グループ会社の業務に関して生じる可能性がある法令等に違反する行為(以下「法令等違反行為」という。)を予防し,又は現に生じた法令等違反行為に対処することにあると解される。これらのことに照らすと,本件グループ会社の事業場内で就労した際に,法令等違反行為によって被害を受けた従業員等が,本件相談窓口に対しその旨の相談の申出をすれば,上告人は,相応の対応をするよう努めることが想定されていたものといえ,上記申出の具体的状況いかんによっては,当該申出をした者に対し,当該申出を受け,体制として整備された仕組みの内容,当該申出に係る相談の内容等に応じて適切に対応すべき信義則上の義務を負う場合があると解される。」と一定の限度で親会社が責任を負う場合があることを認めている点が注目されます。
平成28年(受)第2076号 損害賠償請求事件
平成30年2月15日 第一小法廷判決
主 文
原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
理 由
上告代理人後藤武夫ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,上告人の子会社の契約社員として上告人の事業場内で就労していた被上告人が,同じ事業場内で就労していた他の子会社の従業員(以下「従業員A」という。)から,繰り返し交際を要求され,自宅に押し掛けられるなどしたことに
つき,国内外の法令,定款,社内規程及び企業倫理(以下「法令等」という。)の遵守に関する社員行動基準を定め,自社及び子会社等から成る企業集団の業務の適正等を確保するための体制を整備していた上告人において,上記体制を整備したことによる相応の措置を講ずるなどの信義則上の義務に違反したと主張して,上告人に対し,債務不履行又は不法行為に基づき,損害賠償を求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 被上告人は,平成20年11月,株式会社イビデンキャリア・テクノ(以下「勤務先会社」という。)に契約社員として雇用され,その頃から平成22年10月12日までの間,上告人の事業場内にある工場(以下「本件工場」という。)において,勤務先会社がイビデン建装株式会社(以下「発注会社」という。)から請け負っている業務に従事していた。上記業務に関する被上告人の直属の上司は,
被上告人が配属された課の課長(以下単に「課長」という。)及び係長(以下単に「係長」という。)であった。
従業員Aは,平成21年から平成22年にかけて,発注会社の課長の職にあり,上記事業場内にある発注会社の事務所等で就労していた。
(2) 上告人は,自社とその子会社である発注会社及び勤務先会社等とでグループ会社(以下「本件グループ会社」という。)を構成する株式会社であり,法令等の遵守を徹底し,国際社会から信頼される会社を目指すとして,法令等の遵守に関する事項を社員行動基準に定め,上告人の取締役及び使用人の職務執行の適正並びに本件グループ会社から成る企業集団の業務の適正等を確保するためのコンプライ
アンス体制(以下「本件法令遵守体制」という。)を整備していた。そして,上告人は,本件法令遵守体制の一環として,本件グループ会社の役員,社員,契約社員等本件グループ会社の事業場内で就労する者が法令等の遵守に関する事項を相談することができるコンプライアンス相談窓口(以下「本件相談窓口」といい,これに関する仕組みを「本件相談窓口制度」という。)を設け,上記の者に対し,本件相
談窓口制度を周知してその利用を促し,現に本件相談窓口に対する相談の申出があればこれを受けて対応するなどしていた。
(3) 被上告人は,本件工場で勤務していた際に従業員Aと知り合い,遅くとも平成21年11月頃から肉体関係を伴う交際を始めたが,平成22年2月頃以降,次第に関係が疎遠になり,同年7月末頃までに,従業員Aに対し,関係を解消したい旨の手紙を手渡した。
(4) ところが,従業員Aは,被上告人との交際を諦めきれず,平成22年8月以降,本件工場で就労中の被上告人に近づいて自己との交際を求める旨の発言を繰り返し,被上告人の自宅に押し掛けるなどした(以下,被上告人が勤務先会社を退職するまでに行われた従業員Aの上記各行為を「本件行為1」という。)。被上告人は,従業員Aの本件行為1に困惑し,次第に体調を崩すようになった。
(5) このため,被上告人は,平成22年9月,係長に対し,従業員Aに本件行為1をやめるよう注意してほしい旨を相談した。係長は,朝礼の際に「ストーカーや付きまといをしているやつがいるようだが,やめるように。」などと発言したが,それ以上の対応をしなかった。被上告人は,その後も従業員Aの本件行為1が続いたため,平成22年10月4日に係長と,同月12日に課長及び係長とそれぞれ面談して,本件行為1について相談したが,依然として対応してもらえなかったことから,同日,勤務先会社を退職した。そして,被上告人は,同月18日以降,派遣会社を介して上告人の別の事業場内における業務に従事した。
(6) しかし,従業員Aは,被上告人が勤務先会社を退職した平成22年10月12日から同月下旬頃までの間や平成23年1月頃にも,被上告人の自宅付近において,数回従業員Aの自動車を停車させるなどした(以下,従業員Aの上記各行為を「本件行為2」といい,本件行為1と併せて単に「本件行為」という。)。
(7) 被上告人が本件工場で就労していた当時の同僚であった勤務先会社の契約社員(以下「従業員B」という。)は,被上告人から自宅付近で従業員Aの自動車を見掛ける旨を聞いたことから,平成23年10月,被上告人のために,本件相談窓口に対し,従業員Aが被上告人の自宅の近くに来ているようなので,被上告人及び従業員Aに対する事実確認等の対応をしてほしい旨の申出(以下「本件申出」という。)をした。上告人は,本件申出を受け,発注会社及び勤務先会社に依頼して従業員Aその他の関係者の聞き取り調査を行わせるなどしたが,勤務先会社から本件申出に係る事実は存しない旨の報告があったこと等を踏まえ,被上告人に対する事実確認は行わず,同年11月,従業員Bに対し,本件申出に係る事実は確認できなかった旨を伝えた。
3 原審藤山雅行裁判長は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,上告人に対する債務不履行に基づく損害賠償請求を一部認容した。
(1) 従業員Aは,本件行為につき,不法行為に基づく損害賠償責任を負う。また,勤務先会社は,被上告人に対する雇用契約上の付随義務として,使用者が就業環境に関して労働者からの相談に応じて適切に対応すべき義務(以下「本件付随義務」という。)を負うところ,課長らは,被上告人から本件行為1について相談を受けたにもかかわらず,これに関する事実確認や事後の措置を行うなどの対応をしなかったのであり,これにより被上告人が勤務先会社を退職することを余儀なくさせている。そうすると,勤務先会社は,本件行為1につき,課長らが被上告人に対する本件付随義務を怠ったことを理由として,債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。
(2) 上告人は,法令等の遵守に関する社員行動基準を定め,本件相談窓口を含む本件法令遵守体制を整備したことからすると,人的,物的,資本的に一体といえる本件グループ会社の全従業員に対して,直接又はその所属する各グループ会社を通じて相応の措置を講ずべき信義則上の義務を負うものというべきである。これを本件についてみると,被上告人を雇用していた勤務先会社において,上記(1)のとおり本件付随義務に基づく対応を怠っている以上,上告人は,上記信義則上の義務を履行しなかったと認められる。また,上告人自身においても,平成23年10月,従業員Bが被上告人のために本件相談窓口に対し,本件行為2につき被上告人に対する事実確認等の対応を求めたにもかかわらず,上告人の担当者がこれを怠ったことにより被上告人の恐怖と不安を解消させなかったことが認められる。
以上によれば,上告人は,被上告人に対し,本件行為につき,上記信義則上の義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償責任を負うべきものと解される。
4 しかしながら,原審藤山雅行裁判長の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 前記事実関係等によれば,被上告人は,勤務先会社に雇用され,本件工場における業務に従事するに当たり,勤務先会社の指揮監督の下で労務を提供していたというのであり,上告人は,本件当時,法令等の遵守に関する社員行動基準を定め,本件法令遵守体制を整備していたものの,被上告人に対しその指揮監督権を行使する立場にあったとか,被上告人から実質的に労務の提供を受ける関係にあった
とみるべき事情はないというべきである。また,上告人において整備した本件法令遵守体制の仕組みの具体的内容が,勤務先会社が使用者として負うべき雇用契約上の付随義務を上告人自らが履行し又は上告人の直接間接の指揮監督の下で勤務先会社に履行させるものであったとみるべき事情はうかがわれない。以上によれば,上告人は,自ら又は被上告人の使用者である勤務先会社を通じて本件付随義務を履行する義務を負うものということはできず,勤務先会社が本件付随義務に基づく対応を怠ったことのみをもって,上告人の被上告人に対する信義則上の義務違反があったものとすることはできない。
(2)ア もっとも,前記事実関係等によれば,上告人は,本件当時,本件法令遵守体制の一環として,本件グループ会社の事業場内で就労する者から法令等の遵守に関する相談を受ける本件相談窓口制度を設け,上記の者に対し,本件相談窓口制度を周知してその利用を促し,現に本件相談窓口における相談への対応を行っていたものである。その趣旨は,本件グループ会社から成る企業集団の業務の適正の確
保等を目的として,本件相談窓口における相談への対応を通じて,本件グループ会社の業務に関して生じる可能性がある法令等に違反する行為(以下「法令等違反行為」という。)を予防し,又は現に生じた法令等違反行為に対処することにあると解される。これらのことに照らすと,本件グループ会社の事業場内で就労した際に,法令等違反行為によって被害を受けた従業員等が,本件相談窓口に対しその旨
の相談の申出をすれば,上告人は,相応の対応をするよう努めることが想定されていたものといえ,上記申出の具体的状況いかんによっては,当該申出をした者に対し,当該申出を受け,体制として整備された仕組みの内容,当該申出に係る相談の内容等に応じて適切に対応すべき信義則上の義務を負う場合があると解される。
イ これを本件についてみると,被上告人が本件行為1について本件相談窓口に対する相談の申出をしたなどの事情がうかがわれないことに照らすと,上告人は,本件行為1につき,本件相談窓口に対する相談の申出をしていない被上告人との関係において,上記アの義務を負うものではない。
ウ また,前記事実関係等によれば,上告人は,平成23年10月,本件相談窓口において,従業員Bから被上告人のためとして本件行為2に関する相談の申出(本件申出)を受け,発注会社及び勤務先会社に依頼して従業員Aその他の関係者の聞き取り調査を行わせるなどしたものである。本件申出は,上告人に対し,被上告人に対する事実確認等の対応を求めるというものであったが,本件法令遵守体制
の仕組みの具体的内容が,上告人において本件相談窓口に対する相談の申出をした者の求める対応をすべきとするものであったとはうかがわれない。本件申出に係る相談の内容も,被上告人が退職した後に本件グループ会社の事業場外で行われた行為に関するものであり,従業員Aの職務執行に直接関係するものとはうかがわれない。しかも,本件申出の当時,被上告人は,既に従業員Aと同じ職場では就労しておらず,本件行為2が行われてから8箇月以上経過していた。
したがって,上告人において本件申出の際に求められた被上告人に対する事実確認等の対応をしなかったことをもって,上告人の被上告人に対する損害賠償責任を生じさせることとなる上記アの義務違反があったものとすることはできない。
(3) 以上によれば,上告人は,被上告人に対し,本件行為につき,債務不履行に基づく損害賠償責任を負わないというべきである。
5 これと異なる原審藤山雅行裁判長の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,この藤山雅行裁判長の過誤につき、かかる趣旨をいうものとして理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上告人は,被上告人に対し,本件行為につき,不法行為に基づく損害賠償責任も負わないというべきである。そうすると,被上告人の上告人に対する請求はいずれも理由がなく,これらを棄却した第1審判決は結論において是認することができるから,上記部分に関する被上告人の控訴を棄却すべきである。
タクシー大手・国際自動車(kmタクシー)のドライバー14人が、実質的に残業代が払われない賃金規則は無効だとして、未払い賃金を求めていた訴訟(第1陣)の差し戻し審判決が2月15日、東京高裁(都築政則裁判長)であった。ドライバーが逆転敗訴した。
ドライバーたちには名目上、残業代が支払われていたが、「歩合給」から割増賃金や交通費相当額が引かれる仕組みだったため、「実質残業代ゼロだ」と無効を主張していた。現在、この制度は改められている。
ドライバー側代理人の指宿昭一弁護士は、「この手を使えば、タクシー業界にかかわらず、残業代を払わなくても良くなってしまう」と警鐘を鳴らし、即日上告したことを明かした。
●「労働効率性」を高める仕組みとして合理性があると判断
判決のキーワードは「成果主義」と「労働効率性」だ。
判決は、歩合給から割増賃金(=時間給)を引くのは、従業員に「労働効率性」を意識させ、残業を抑止する効果があると判断。合理性があり、残業代の支払いを免れる意図でつくった制度ではないと認定した。
また、労働基準法37条は、通常賃金と割増賃金の違いをはっきりさせること(明確区分性)を求めている。裁判では、残業時間によって変動する歩合給は、明確区分性を欠くのではないかが争点になっていた。
この点について、判決は、歩合給が残業代のように労働時間によって変動するとしても、「成果主義的」な報酬として、通常賃金であることには変わらないと判断。その上で、名目上の残業代が、法定の金額を下回っていないことから、国際自動車の賃金規定を有効と判断した。
●ドライバー「裁判所は、業界の働き方をまったく理解していない」
判決を受けて、訴えたドライバーの1人は「裁判所は、タクシー業界の働き方をまったく理解していない」と憤りを隠さなかった。
「裁判所は『労働効率性』と言いますが、ドライバーはお客様を選べません。早く帰ろうと思っても、『回送』にする前にお客様がいたら断れない。乗車拒否として、処罰されてしまいます(道路運送法13条)」
●1月18日にも同種の裁判でドライバー敗訴
この訴訟の一審・二審は、労基法37条の趣旨に反し、公序良俗違反で賃金規定を無効だと判断。ドライバー側が勝訴した。その後、最高裁が「当然に…公序良俗に反し、無効であると解することはできない」として、高裁に差し戻していた。
国際自動車では、同種の訴訟が計4つあり、1月18日には東京高裁で第2陣のドライバーも敗訴、上告している。
●最高裁の考え方
4 説明
〇労働基準法37条は時間外,休日及び深夜の割増賃金の支払義務を規定する。
〇趣旨は,時間外・休日労働は通常の労働時間又は労働日に賦課された特別の労働であることから,それに対し一定額の補償をさせることと,時間外労働に係る使用者の経済的負担を増加させることによって時間外・休日労働を抑制すること
〇労働基準法37条等所定の算定方法とは異なる割増賃金の算定方法の取扱い
〇労働基準法37条は,同法所定の割増賃金の支払を義務付けるにとどまり,同条所定の計算方法を用いることまで義務付ける規定ではないから,使用者が労働基準法37条等所定の算定方法と異なる割増賃金の算定方法を採用すること自体は適法
〇労働基準法37条等所定の算定方法と異なる割増賃金の算定方法が採用されている事案においては,その算定方法に基づく割増賃金の支払により,労働基準法37条等所定の割増賃金の支払がされたといえるかが論じられることが通常である。
〇従前の最高裁判例は,労働基準法37条等所定の計算方法によらずに割増賃金を算定し,これに基づいて割増賃金を支給すること自体は直ちに違法とはいえないことを前提に,①通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることを要件とした上で(以下「判別要件」という。),そのような判別ができる場合に,②割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金相当部分とされる金額を基礎として,労働基準法所定の計算方法により計算した割増賃金の額を下回らないか否かを検討して,労働基準法37条等に定める割増賃金の支払がされたといえるか否かを判断しているものと考えられる。学説は,おおむね上記の判例法理を支持するものと理解され(前掲菅野498頁以下,荒木尚志『労働法〔第3版〕』167頁以下,土田道夫『労働契約法〔第2版〕』332頁以下等),下級審裁判例も,上記の判例法理に沿って,当該事案において労働基準法37条等に定める割増賃金の支払があったと認められるか否かを判断しているものと考えられる。
〇賃金規則等において支払うとされている「手当」等が割増賃金,すなわち時間外労働等に対する対価の趣旨で支払われるものである必要がある。
〇「手当」等がそのような趣旨で支払われるものと認められない場合には,そもそも割増賃金に当たるとはいえず,判別要件を充足するか否かを検討する前提を欠くことになる。上記の各最高裁判例もこのことは当然の前提にしているものと考えられる。
〇判別要件を充足するか否かに係る具体的な判断基準を述べた最高裁判例は見当たらず,また,使用者の賃金規則等において通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否かは,個別の賃金規則等の内容に即して判断せざるを得ない。
〇「基本給(歩合給)に割増賃金が含まれる。」といった抽象的な定めを置くのみでは足りず,賃金規則等に定められた計算式等により,支給された総賃金のうち割増賃金とされた金額を具体的に算定することが可能であり,かつ,その割増賃金に適用される「基礎賃金の1時間当たり金額(残業単価)」を具体的に算定することが可能であることが必要であると考えられる。
〇労働基準法37条は,労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定をしておらず,時間外・深夜労働の有無及び多寡により「基礎賃金の1時間当たり金額(残業単価)」が変動する結果となる定めをすることについて特に規制をしていないことからすると,労働契約においてそのような定めをすること自体が当然に公序良俗に違反し,無効であると評価することは困難
〇労働基準法37条等は割増賃金の算定方法を具体的に定めており,割増賃金の支払方法が同条等に適合するか否かは客観的に判断が可能であることからすると,端的に当該賃金の定めが労働基準法37条等に違反するか否かを検討し,仮に同条に違反するのであれば,その限度で当該賃金の定めが同法13条により無効となり,同法37条等所定の基準により割増賃金の支払義務を負うとすれば足りるものと考えられ,殊更に公序良俗に違反するか否かを問題とする必要はない
〇最高裁は、本件規定を含む本件賃金規則に基づく賃金の支払により労働基準法37条に定める割増賃金の支払があったといえるか否かについて特に判断を示していない。
〇本件賃金規則における割増金等の定めが,既に述べた判別要件を満たしているかや,これを満たしている場合に,割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金相当部分とされる金額を基礎として,労働基準法所定の計算方法により計算した割増賃金の額を下回らないか否かを検討していないため
最高裁の判断
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)ア 労働基準法37条は,時間外,休日及び深夜の割増賃金の支払義務を定めているところ,割増賃金の算定方法は,同条並びに政令及び厚生労働省令(以下,これらの規定を「労働基準法37条等」という。)に具体的に定められている。もっとも,同条は,労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまり,使用者に対し,労働契約における割増賃金の定めを労働基準法37条等に定められた算定方法と同一のものとし,これに基づいて割増賃金を支払うことを義務付けるものとは解されない。
そして,使用者が,労働者に対し,時間外労働等の対価として労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するには,労働契約における賃金の定めにつき,それが通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができるか否かを検討した上で,そのような判別をすることができる場合に,割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として,労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討すべきであり(最高裁平成3年(オ)第63号同6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁,最高裁平成21年(受)第1186号同24年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事240号121頁参照),上記割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは,使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うというべきである。
他方において,労働基準法37条は,労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定をしていないことに鑑みると,労働契約において売上高等の一定割合に相当する金額から同条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨が定められていた場合に,当該定めに基づく割増賃金の支払が同条の定める割増賃金の支払といえるか否かは問題となり得るものの,当該定めが当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し,無効であると解することはできないというべきである。
イ しかるところ,原審は,本件規定のうち歩合性の計算に当たり対象額Aから割増金に相当する額を控除している部分が労働基準法37条の趣旨に反し,公序良俗に反し無効であると判断するのみで,本件賃金規則における賃金の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否か,また,そのような判別をすることができる場合に,本件賃金規則に基づいて割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かについて審理判断することなく,被上告人らの未払賃金の請求を一部認容すべきとしたものである。そうすると,原審の判断には,割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った結果,上記の点について審理を尽くさなかった違法があるといわざるを得ない。
(2) なお,原審は,本件規定のうち法内時間外労働や法定外休日労働に係る部分を含む割増金の控除部分全体が無効となるとしており,本件賃金規則における賃金の定めについて検討するに当たり,時間外労働等のうち法内時間外労働や法定外休日労働に当たる部分とそれ以外の部分とを区別していない。しかし,労働基準法37条は,使用者に対し,法内時間外労働や法定外休日労働に対する割増賃金を支払う義務を課しておらず,使用者がこのような労働の対価として割増賃金を支払う義務を負うか否かは専ら労働契約の定めに委ねられているものと解されるから,被上告人らに割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かについて審理判断するに当たっては,被上告人らの時間外労働等のうち法内時間外労働や法定外休日労働に当たる部分とそれ以外の部分とを区別する必要があるというべきである。
5 以上によれば,原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。
そして,被上告人らに支払われるべき未払賃金の有無及び額等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
タクシー大手・国際自動車(kmタクシー)のドライバー14人が、実質的に残業代が払われない賃金規則は無効だとして、未払い賃金を求めていた訴訟(第1陣)の差し戻し審判決が2月15日、東京高裁(都築政則裁判長)であった。ドライバーが逆転敗訴した。
ドライバーたちには名目上、残業代が支払われていたが、「歩合給」から割増賃金や交通費相当額が引かれる仕組みだったため、「実質残業代ゼロだ」と無効を主張していた。現在、この制度は改められている。
ドライバー側代理人の指宿昭一弁護士は、「この手を使えば、タクシー業界にかかわらず、残業代を払わなくても良くなってしまう」と警鐘を鳴らし、即日上告したことを明かした。
●「労働効率性」を高める仕組みとして合理性があると判断
判決のキーワードは「成果主義」と「労働効率性」だ。
判決は、歩合給から割増賃金(=時間給)を引くのは、従業員に「労働効率性」を意識させ、残業を抑止する効果があると判断。合理性があり、残業代の支払いを免れる意図でつくった制度ではないと認定した。
また、労働基準法37条は、通常賃金と割増賃金の違いをはっきりさせること(明確区分性)を求めている。裁判では、残業時間によって変動する歩合給は、明確区分性を欠くのではないかが争点になっていた。
この点について、判決は、歩合給が残業代のように労働時間によって変動するとしても、「成果主義的」な報酬として、通常賃金であることには変わらないと判断。その上で、名目上の残業代が、法定の金額を下回っていないことから、国際自動車の賃金規定を有効と判断した。
●ドライバー「裁判所は、業界の働き方をまったく理解していない」
判決を受けて、訴えたドライバーの1人は「裁判所は、タクシー業界の働き方をまったく理解していない」と憤りを隠さなかった。
「裁判所は『労働効率性』と言いますが、ドライバーはお客様を選べません。早く帰ろうと思っても、『回送』にする前にお客様がいたら断れない。乗車拒否として、処罰されてしまいます(道路運送法13条)」
●1月18日にも同種の裁判でドライバー敗訴
この訴訟の一審・二審は、労基法37条の趣旨に反し、公序良俗違反で賃金規定を無効だと判断。ドライバー側が勝訴した。その後、最高裁が「当然に…公序良俗に反し、無効であると解することはできない」として、高裁に差し戻していた。
国際自動車では、同種の訴訟が計4つあり、1月18日には東京高裁で第2陣のドライバーも敗訴、上告している。
●最高裁の考え方
4 説明
〇労働基準法37条は時間外,休日及び深夜の割増賃金の支払義務を規定する。
〇趣旨は,時間外・休日労働は通常の労働時間又は労働日に賦課された特別の労働であることから,それに対し一定額の補償をさせることと,時間外労働に係る使用者の経済的負担を増加させることによって時間外・休日労働を抑制すること
〇労働基準法37条等所定の算定方法とは異なる割増賃金の算定方法の取扱い
〇労働基準法37条は,同法所定の割増賃金の支払を義務付けるにとどまり,同条所定の計算方法を用いることまで義務付ける規定ではないから,使用者が労働基準法37条等所定の算定方法と異なる割増賃金の算定方法を採用すること自体は適法
〇労働基準法37条等所定の算定方法と異なる割増賃金の算定方法が採用されている事案においては,その算定方法に基づく割増賃金の支払により,労働基準法37条等所定の割増賃金の支払がされたといえるかが論じられることが通常である。
〇従前の最高裁判例は,労働基準法37条等所定の計算方法によらずに割増賃金を算定し,これに基づいて割増賃金を支給すること自体は直ちに違法とはいえないことを前提に,①通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることを要件とした上で(以下「判別要件」という。),そのような判別ができる場合に,②割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金相当部分とされる金額を基礎として,労働基準法所定の計算方法により計算した割増賃金の額を下回らないか否かを検討して,労働基準法37条等に定める割増賃金の支払がされたといえるか否かを判断しているものと考えられる。学説は,おおむね上記の判例法理を支持するものと理解され(前掲菅野498頁以下,荒木尚志『労働法〔第3版〕』167頁以下,土田道夫『労働契約法〔第2版〕』332頁以下等),下級審裁判例も,上記の判例法理に沿って,当該事案において労働基準法37条等に定める割増賃金の支払があったと認められるか否かを判断しているものと考えられる。
〇賃金規則等において支払うとされている「手当」等が割増賃金,すなわち時間外労働等に対する対価の趣旨で支払われるものである必要がある。
〇「手当」等がそのような趣旨で支払われるものと認められない場合には,そもそも割増賃金に当たるとはいえず,判別要件を充足するか否かを検討する前提を欠くことになる。上記の各最高裁判例もこのことは当然の前提にしているものと考えられる。
〇判別要件を充足するか否かに係る具体的な判断基準を述べた最高裁判例は見当たらず,また,使用者の賃金規則等において通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否かは,個別の賃金規則等の内容に即して判断せざるを得ない。
〇「基本給(歩合給)に割増賃金が含まれる。」といった抽象的な定めを置くのみでは足りず,賃金規則等に定められた計算式等により,支給された総賃金のうち割増賃金とされた金額を具体的に算定することが可能であり,かつ,その割増賃金に適用される「基礎賃金の1時間当たり金額(残業単価)」を具体的に算定することが可能であることが必要であると考えられる。
〇労働基準法37条は,労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定をしておらず,時間外・深夜労働の有無及び多寡により「基礎賃金の1時間当たり金額(残業単価)」が変動する結果となる定めをすることについて特に規制をしていないことからすると,労働契約においてそのような定めをすること自体が当然に公序良俗に違反し,無効であると評価することは困難
〇労働基準法37条等は割増賃金の算定方法を具体的に定めており,割増賃金の支払方法が同条等に適合するか否かは客観的に判断が可能であることからすると,端的に当該賃金の定めが労働基準法37条等に違反するか否かを検討し,仮に同条に違反するのであれば,その限度で当該賃金の定めが同法13条により無効となり,同法37条等所定の基準により割増賃金の支払義務を負うとすれば足りるものと考えられ,殊更に公序良俗に違反するか否かを問題とする必要はない
〇最高裁は、本件規定を含む本件賃金規則に基づく賃金の支払により労働基準法37条に定める割増賃金の支払があったといえるか否かについて特に判断を示していない。
〇本件賃金規則における割増金等の定めが,既に述べた判別要件を満たしているかや,これを満たしている場合に,割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金相当部分とされる金額を基礎として,労働基準法所定の計算方法により計算した割増賃金の額を下回らないか否かを検討していないため
最高裁の判断
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)ア 労働基準法37条は,時間外,休日及び深夜の割増賃金の支払義務を定めているところ,割増賃金の算定方法は,同条並びに政令及び厚生労働省令(以下,これらの規定を「労働基準法37条等」という。)に具体的に定められている。もっとも,同条は,労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまり,使用者に対し,労働契約における割増賃金の定めを労働基準法37条等に定められた算定方法と同一のものとし,これに基づいて割増賃金を支払うことを義務付けるものとは解されない。
そして,使用者が,労働者に対し,時間外労働等の対価として労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するには,労働契約における賃金の定めにつき,それが通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができるか否かを検討した上で,そのような判別をすることができる場合に,割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として,労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討すべきであり(最高裁平成3年(オ)第63号同6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁,最高裁平成21年(受)第1186号同24年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事240号121頁参照),上記割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは,使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うというべきである。
他方において,労働基準法37条は,労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定をしていないことに鑑みると,労働契約において売上高等の一定割合に相当する金額から同条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨が定められていた場合に,当該定めに基づく割増賃金の支払が同条の定める割増賃金の支払といえるか否かは問題となり得るものの,当該定めが当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し,無効であると解することはできないというべきである。
イ しかるところ,原審は,本件規定のうち歩合性の計算に当たり対象額Aから割増金に相当する額を控除している部分が労働基準法37条の趣旨に反し,公序良俗に反し無効であると判断するのみで,本件賃金規則における賃金の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否か,また,そのような判別をすることができる場合に,本件賃金規則に基づいて割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かについて審理判断することなく,被上告人らの未払賃金の請求を一部認容すべきとしたものである。そうすると,原審の判断には,割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った結果,上記の点について審理を尽くさなかった違法があるといわざるを得ない。
(2) なお,原審は,本件規定のうち法内時間外労働や法定外休日労働に係る部分を含む割増金の控除部分全体が無効となるとしており,本件賃金規則における賃金の定めについて検討するに当たり,時間外労働等のうち法内時間外労働や法定外休日労働に当たる部分とそれ以外の部分とを区別していない。しかし,労働基準法37条は,使用者に対し,法内時間外労働や法定外休日労働に対する割増賃金を支払う義務を課しておらず,使用者がこのような労働の対価として割増賃金を支払う義務を負うか否かは専ら労働契約の定めに委ねられているものと解されるから,被上告人らに割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かについて審理判断するに当たっては,被上告人らの時間外労働等のうち法内時間外労働や法定外休日労働に当たる部分とそれ以外の部分とを区別する必要があるというべきである。
5 以上によれば,原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。
そして,被上告人らに支払われるべき未払賃金の有無及び額等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
タクシー大手・国際自動車(kmタクシー)のドライバー14人が、実質的に残業代が払われない賃金規則は無効だとして、未払い賃金を求めていた訴訟(第1陣)の差し戻し審判決が2月15日、東京高裁(都築政則裁判長)であった。ドライバーが逆転敗訴した。
ドライバーたちには名目上、残業代が支払われていたが、「歩合給」から割増賃金や交通費相当額が引かれる仕組みだったため、「実質残業代ゼロだ」と無効を主張していた。現在、この制度は改められている。
ドライバー側代理人の指宿昭一弁護士は、「この手を使えば、タクシー業界にかかわらず、残業代を払わなくても良くなってしまう」と警鐘を鳴らし、即日上告したことを明かした。
●「労働効率性」を高める仕組みとして合理性があると判断
判決のキーワードは「成果主義」と「労働効率性」だ。
判決は、歩合給から割増賃金(=時間給)を引くのは、従業員に「労働効率性」を意識させ、残業を抑止する効果があると判断。合理性があり、残業代の支払いを免れる意図でつくった制度ではないと認定した。
また、労働基準法37条は、通常賃金と割増賃金の違いをはっきりさせること(明確区分性)を求めている。裁判では、残業時間によって変動する歩合給は、明確区分性を欠くのではないかが争点になっていた。
この点について、判決は、歩合給が残業代のように労働時間によって変動するとしても、「成果主義的」な報酬として、通常賃金であることには変わらないと判断。その上で、名目上の残業代が、法定の金額を下回っていないことから、国際自動車の賃金規定を有効と判断した。
●ドライバー「裁判所は、業界の働き方をまったく理解していない」
判決を受けて、訴えたドライバーの1人は「裁判所は、タクシー業界の働き方をまったく理解していない」と憤りを隠さなかった。
「裁判所は『労働効率性』と言いますが、ドライバーはお客様を選べません。早く帰ろうと思っても、『回送』にする前にお客様がいたら断れない。乗車拒否として、処罰されてしまいます(道路運送法13条)」
●1月18日にも同種の裁判でドライバー敗訴
この訴訟の一審・二審は、労基法37条の趣旨に反し、公序良俗違反で賃金規定を無効だと判断。ドライバー側が勝訴した。その後、最高裁が「当然に…公序良俗に反し、無効であると解することはできない」として、高裁に差し戻していた。
国際自動車では、同種の訴訟が計4つあり、1月18日には東京高裁で第2陣のドライバーも敗訴、上告している。
●最高裁の考え方
4 説明
〇労働基準法37条は時間外,休日及び深夜の割増賃金の支払義務を規定する。
〇趣旨は,時間外・休日労働は通常の労働時間又は労働日に賦課された特別の労働であることから,それに対し一定額の補償をさせることと,時間外労働に係る使用者の経済的負担を増加させることによって時間外・休日労働を抑制すること
〇労働基準法37条等所定の算定方法とは異なる割増賃金の算定方法の取扱い
〇労働基準法37条は,同法所定の割増賃金の支払を義務付けるにとどまり,同条所定の計算方法を用いることまで義務付ける規定ではないから,使用者が労働基準法37条等所定の算定方法と異なる割増賃金の算定方法を採用すること自体は適法
〇労働基準法37条等所定の算定方法と異なる割増賃金の算定方法が採用されている事案においては,その算定方法に基づく割増賃金の支払により,労働基準法37条等所定の割増賃金の支払がされたといえるかが論じられることが通常である。
〇従前の最高裁判例は,労働基準法37条等所定の計算方法によらずに割増賃金を算定し,これに基づいて割増賃金を支給すること自体は直ちに違法とはいえないことを前提に,①通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることを要件とした上で(以下「判別要件」という。),そのような判別ができる場合に,②割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金相当部分とされる金額を基礎として,労働基準法所定の計算方法により計算した割増賃金の額を下回らないか否かを検討して,労働基準法37条等に定める割増賃金の支払がされたといえるか否かを判断しているものと考えられる。学説は,おおむね上記の判例法理を支持するものと理解され(前掲菅野498頁以下,荒木尚志『労働法〔第3版〕』167頁以下,土田道夫『労働契約法〔第2版〕』332頁以下等),下級審裁判例も,上記の判例法理に沿って,当該事案において労働基準法37条等に定める割増賃金の支払があったと認められるか否かを判断しているものと考えられる。
〇賃金規則等において支払うとされている「手当」等が割増賃金,すなわち時間外労働等に対する対価の趣旨で支払われるものである必要がある。
〇「手当」等がそのような趣旨で支払われるものと認められない場合には,そもそも割増賃金に当たるとはいえず,判別要件を充足するか否かを検討する前提を欠くことになる。上記の各最高裁判例もこのことは当然の前提にしているものと考えられる。
〇判別要件を充足するか否かに係る具体的な判断基準を述べた最高裁判例は見当たらず,また,使用者の賃金規則等において通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否かは,個別の賃金規則等の内容に即して判断せざるを得ない。
〇「基本給(歩合給)に割増賃金が含まれる。」といった抽象的な定めを置くのみでは足りず,賃金規則等に定められた計算式等により,支給された総賃金のうち割増賃金とされた金額を具体的に算定することが可能であり,かつ,その割増賃金に適用される「基礎賃金の1時間当たり金額(残業単価)」を具体的に算定することが可能であることが必要であると考えられる。
〇労働基準法37条は,労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定をしておらず,時間外・深夜労働の有無及び多寡により「基礎賃金の1時間当たり金額(残業単価)」が変動する結果となる定めをすることについて特に規制をしていないことからすると,労働契約においてそのような定めをすること自体が当然に公序良俗に違反し,無効であると評価することは困難
〇労働基準法37条等は割増賃金の算定方法を具体的に定めており,割増賃金の支払方法が同条等に適合するか否かは客観的に判断が可能であることからすると,端的に当該賃金の定めが労働基準法37条等に違反するか否かを検討し,仮に同条に違反するのであれば,その限度で当該賃金の定めが同法13条により無効となり,同法37条等所定の基準により割増賃金の支払義務を負うとすれば足りるものと考えられ,殊更に公序良俗に違反するか否かを問題とする必要はない
〇最高裁は、本件規定を含む本件賃金規則に基づく賃金の支払により労働基準法37条に定める割増賃金の支払があったといえるか否かについて特に判断を示していない。
〇本件賃金規則における割増金等の定めが,既に述べた判別要件を満たしているかや,これを満たしている場合に,割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金相当部分とされる金額を基礎として,労働基準法所定の計算方法により計算した割増賃金の額を下回らないか否かを検討していないため
最高裁の判断
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)ア 労働基準法37条は,時間外,休日及び深夜の割増賃金の支払義務を定めているところ,割増賃金の算定方法は,同条並びに政令及び厚生労働省令(以下,これらの規定を「労働基準法37条等」という。)に具体的に定められている。もっとも,同条は,労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまり,使用者に対し,労働契約における割増賃金の定めを労働基準法37条等に定められた算定方法と同一のものとし,これに基づいて割増賃金を支払うことを義務付けるものとは解されない。
そして,使用者が,労働者に対し,時間外労働等の対価として労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するには,労働契約における賃金の定めにつき,それが通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができるか否かを検討した上で,そのような判別をすることができる場合に,割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として,労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討すべきであり(最高裁平成3年(オ)第63号同6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁,最高裁平成21年(受)第1186号同24年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事240号121頁参照),上記割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは,使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うというべきである。
他方において,労働基準法37条は,労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定をしていないことに鑑みると,労働契約において売上高等の一定割合に相当する金額から同条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨が定められていた場合に,当該定めに基づく割増賃金の支払が同条の定める割増賃金の支払といえるか否かは問題となり得るものの,当該定めが当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し,無効であると解することはできないというべきである。
イ しかるところ,原審は,本件規定のうち歩合性の計算に当たり対象額Aから割増金に相当する額を控除している部分が労働基準法37条の趣旨に反し,公序良俗に反し無効であると判断するのみで,本件賃金規則における賃金の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否か,また,そのような判別をすることができる場合に,本件賃金規則に基づいて割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かについて審理判断することなく,被上告人らの未払賃金の請求を一部認容すべきとしたものである。そうすると,原審の判断には,割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った結果,上記の点について審理を尽くさなかった違法があるといわざるを得ない。
(2) なお,原審は,本件規定のうち法内時間外労働や法定外休日労働に係る部分を含む割増金の控除部分全体が無効となるとしており,本件賃金規則における賃金の定めについて検討するに当たり,時間外労働等のうち法内時間外労働や法定外休日労働に当たる部分とそれ以外の部分とを区別していない。しかし,労働基準法37条は,使用者に対し,法内時間外労働や法定外休日労働に対する割増賃金を支払う義務を課しておらず,使用者がこのような労働の対価として割増賃金を支払う義務を負うか否かは専ら労働契約の定めに委ねられているものと解されるから,被上告人らに割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かについて審理判断するに当たっては,被上告人らの時間外労働等のうち法内時間外労働や法定外休日労働に当たる部分とそれ以外の部分とを区別する必要があるというべきである。
5 以上によれば,原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。
そして,被上告人らに支払われるべき未払賃金の有無及び額等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
●最高裁の考え方
4 説明
〇労働基準法37条は時間外,休日及び深夜の割増賃金の支払義務を規定する。
〇趣旨は,時間外・休日労働は通常の労働時間又は労働日に賦課された特別の労働であることから,それに対し一定額の補償をさせることと,時間外労働に係る使用者の経済的負担を増加させることによって時間外・休日労働を抑制すること
〇労働基準法37条等所定の算定方法とは異なる割増賃金の算定方法の取扱い
〇労働基準法37条は,同法所定の割増賃金の支払を義務付けるにとどまり,同条所定の計算方法を用いることまで義務付ける規定ではないから,使用者が労働基準法37条等所定の算定方法と異なる割増賃金の算定方法を採用すること自体は適法
〇労働基準法37条等所定の算定方法と異なる割増賃金の算定方法が採用されている事案においては,その算定方法に基づく割増賃金の支払により,労働基準法37条等所定の割増賃金の支払がされたといえるかが論じられることが通常である。
〇従前の最高裁判例は,労働基準法37条等所定の計算方法によらずに割増賃金を算定し,これに基づいて割増賃金を支給すること自体は直ちに違法とはいえないことを前提に,①通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることを要件とした上で(以下「判別要件」という。),そのような判別ができる場合に,②割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金相当部分とされる金額を基礎として,労働基準法所定の計算方法により計算した割増賃金の額を下回らないか否かを検討して,労働基準法37条等に定める割増賃金の支払がされたといえるか否かを判断しているものと考えられる。学説は,おおむね上記の判例法理を支持するものと理解され(前掲菅野498頁以下,荒木尚志『労働法〔第3版〕』167頁以下,土田道夫『労働契約法〔第2版〕』332頁以下等),下級審裁判例も,上記の判例法理に沿って,当該事案において労働基準法37条等に定める割増賃金の支払があったと認められるか否かを判断しているものと考えられる。
〇賃金規則等において支払うとされている「手当」等が割増賃金,すなわち時間外労働等に対する対価の趣旨で支払われるものである必要がある。
〇「手当」等がそのような趣旨で支払われるものと認められない場合には,そもそも割増賃金に当たるとはいえず,判別要件を充足するか否かを検討する前提を欠くことになる。上記の各最高裁判例もこのことは当然の前提にしているものと考えられる。
〇判別要件を充足するか否かに係る具体的な判断基準を述べた最高裁判例は見当たらず,また,使用者の賃金規則等において通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否かは,個別の賃金規則等の内容に即して判断せざるを得ない。
〇「基本給(歩合給)に割増賃金が含まれる。」といった抽象的な定めを置くのみでは足りず,賃金規則等に定められた計算式等により,支給された総賃金のうち割増賃金とされた金額を具体的に算定することが可能であり,かつ,その割増賃金に適用される「基礎賃金の1時間当たり金額(残業単価)」を具体的に算定することが可能であることが必要であると考えられる。
〇労働基準法37条は,労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定をしておらず,時間外・深夜労働の有無及び多寡により「基礎賃金の1時間当たり金額(残業単価)」が変動する結果となる定めをすることについて特に規制をしていないことからすると,労働契約においてそのような定めをすること自体が当然に公序良俗に違反し,無効であると評価することは困難
〇労働基準法37条等は割増賃金の算定方法を具体的に定めており,割増賃金の支払方法が同条等に適合するか否かは客観的に判断が可能であることからすると,端的に当該賃金の定めが労働基準法37条等に違反するか否かを検討し,仮に同条に違反するのであれば,その限度で当該賃金の定めが同法13条により無効となり,同法37条等所定の基準により割増賃金の支払義務を負うとすれば足りるものと考えられ,殊更に公序良俗に違反するか否かを問題とする必要はない
〇最高裁は、本件規定を含む本件賃金規則に基づく賃金の支払により労働基準法37条に定める割増賃金の支払があったといえるか否かについて特に判断を示していない。
〇本件賃金規則における割増金等の定めが,既に述べた判別要件を満たしているかや,これを満たしている場合に,割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金相当部分とされる金額を基礎として,労働基準法所定の計算方法により計算した割増賃金の額を下回らないか否かを検討していないため
最高裁の判断
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)ア 労働基準法37条は,時間外,休日及び深夜の割増賃金の支払義務を定めているところ,割増賃金の算定方法は,同条並びに政令及び厚生労働省令(以下,これらの規定を「労働基準法37条等」という。)に具体的に定められている。もっとも,同条は,労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまり,使用者に対し,労働契約における割増賃金の定めを労働基準法37条等に定められた算定方法と同一のものとし,これに基づいて割増賃金を支払うことを義務付けるものとは解されない。
そして,使用者が,労働者に対し,時間外労働等の対価として労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するには,労働契約における賃金の定めにつき,それが通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができるか否かを検討した上で,そのような判別をすることができる場合に,割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として,労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討すべきであり(最高裁平成3年(オ)第63号同6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁,最高裁平成21年(受)第1186号同24年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事240号121頁参照),上記割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは,使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うというべきである。
他方において,労働基準法37条は,労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定をしていないことに鑑みると,労働契約において売上高等の一定割合に相当する金額から同条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨が定められていた場合に,当該定めに基づく割増賃金の支払が同条の定める割増賃金の支払といえるか否かは問題となり得るものの,当該定めが当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し,無効であると解することはできないというべきである。
イ しかるところ,原審は,本件規定のうち歩合性の計算に当たり対象額Aから割増金に相当する額を控除している部分が労働基準法37条の趣旨に反し,公序良俗に反し無効であると判断するのみで,本件賃金規則における賃金の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否か,また,そのような判別をすることができる場合に,本件賃金規則に基づいて割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かについて審理判断することなく,被上告人らの未払賃金の請求を一部認容すべきとしたものである。そうすると,原審の判断には,割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った結果,上記の点について審理を尽くさなかった違法があるといわざるを得ない。
(2) なお,原審は,本件規定のうち法内時間外労働や法定外休日労働に係る部分を含む割増金の控除部分全体が無効となるとしており,本件賃金規則における賃金の定めについて検討するに当たり,時間外労働等のうち法内時間外労働や法定外休日労働に当たる部分とそれ以外の部分とを区別していない。しかし,労働基準法37条は,使用者に対し,法内時間外労働や法定外休日労働に対する割増賃金を支払う義務を課しておらず,使用者がこのような労働の対価として割増賃金を支払う義務を負うか否かは専ら労働契約の定めに委ねられているものと解されるから,被上告人らに割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かについて審理判断するに当たっては,被上告人らの時間外労働等のうち法内時間外労働や法定外休日労働に当たる部分とそれ以外の部分とを区別する必要があるというべきである。
5 以上によれば,原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。
そして,被上告人らに支払われるべき未払賃金の有無及び額等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
●最高裁の考え方
4 説明
〇労働基準法37条は時間外,休日及び深夜の割増賃金の支払義務を規定する。
〇趣旨は,時間外・休日労働は通常の労働時間又は労働日に賦課された特別の労働であることから,それに対し一定額の補償をさせることと,時間外労働に係る使用者の経済的負担を増加させることによって時間外・休日労働を抑制すること
〇労働基準法37条等所定の算定方法とは異なる割増賃金の算定方法の取扱い
〇労働基準法37条は,同法所定の割増賃金の支払を義務付けるにとどまり,同条所定の計算方法を用いることまで義務付ける規定ではないから,使用者が労働基準法37条等所定の算定方法と異なる割増賃金の算定方法を採用すること自体は適法
〇労働基準法37条等所定の算定方法と異なる割増賃金の算定方法が採用されている事案においては,その算定方法に基づく割増賃金の支払により,労働基準法37条等所定の割増賃金の支払がされたといえるかが論じられることが通常である。
〇従前の最高裁判例は,労働基準法37条等所定の計算方法によらずに割増賃金を算定し,これに基づいて割増賃金を支給すること自体は直ちに違法とはいえないことを前提に,①通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることを要件とした上で(以下「判別要件」という。),そのような判別ができる場合に,②割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金相当部分とされる金額を基礎として,労働基準法所定の計算方法により計算した割増賃金の額を下回らないか否かを検討して,労働基準法37条等に定める割増賃金の支払がされたといえるか否かを判断しているものと考えられる。学説は,おおむね上記の判例法理を支持するものと理解され(前掲菅野498頁以下,荒木尚志『労働法〔第3版〕』167頁以下,土田道夫『労働契約法〔第2版〕』332頁以下等),下級審裁判例も,上記の判例法理に沿って,当該事案において労働基準法37条等に定める割増賃金の支払があったと認められるか否かを判断しているものと考えられる。
〇賃金規則等において支払うとされている「手当」等が割増賃金,すなわち時間外労働等に対する対価の趣旨で支払われるものである必要がある。
〇「手当」等がそのような趣旨で支払われるものと認められない場合には,そもそも割増賃金に当たるとはいえず,判別要件を充足するか否かを検討する前提を欠くことになる。上記の各最高裁判例もこのことは当然の前提にしているものと考えられる。
〇判別要件を充足するか否かに係る具体的な判断基準を述べた最高裁判例は見当たらず,また,使用者の賃金規則等において通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否かは,個別の賃金規則等の内容に即して判断せざるを得ない。
〇「基本給(歩合給)に割増賃金が含まれる。」といった抽象的な定めを置くのみでは足りず,賃金規則等に定められた計算式等により,支給された総賃金のうち割増賃金とされた金額を具体的に算定することが可能であり,かつ,その割増賃金に適用される「基礎賃金の1時間当たり金額(残業単価)」を具体的に算定することが可能であることが必要であると考えられる。
〇労働基準法37条は,労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定をしておらず,時間外・深夜労働の有無及び多寡により「基礎賃金の1時間当たり金額(残業単価)」が変動する結果となる定めをすることについて特に規制をしていないことからすると,労働契約においてそのような定めをすること自体が当然に公序良俗に違反し,無効であると評価することは困難
〇労働基準法37条等は割増賃金の算定方法を具体的に定めており,割増賃金の支払方法が同条等に適合するか否かは客観的に判断が可能であることからすると,端的に当該賃金の定めが労働基準法37条等に違反するか否かを検討し,仮に同条に違反するのであれば,その限度で当該賃金の定めが同法13条により無効となり,同法37条等所定の基準により割増賃金の支払義務を負うとすれば足りるものと考えられ,殊更に公序良俗に違反するか否かを問題とする必要はない
〇最高裁は、本件規定を含む本件賃金規則に基づく賃金の支払により労働基準法37条に定める割増賃金の支払があったといえるか否かについて特に判断を示していない。
〇本件賃金規則における割増金等の定めが,既に述べた判別要件を満たしているかや,これを満たしている場合に,割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金相当部分とされる金額を基礎として,労働基準法所定の計算方法により計算した割増賃金の額を下回らないか否かを検討していないため
最高裁の判断
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)ア 労働基準法37条は,時間外,休日及び深夜の割増賃金の支払義務を定めているところ,割増賃金の算定方法は,同条並びに政令及び厚生労働省令(以下,これらの規定を「労働基準法37条等」という。)に具体的に定められている。もっとも,同条は,労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまり,使用者に対し,労働契約における割増賃金の定めを労働基準法37条等に定められた算定方法と同一のものとし,これに基づいて割増賃金を支払うことを義務付けるものとは解されない。
そして,使用者が,労働者に対し,時間外労働等の対価として労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するには,労働契約における賃金の定めにつき,それが通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができるか否かを検討した上で,そのような判別をすることができる場合に,割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として,労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討すべきであり(最高裁平成3年(オ)第63号同6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁,最高裁平成21年(受)第1186号同24年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事240号121頁参照),上記割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは,使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うというべきである。
他方において,労働基準法37条は,労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定をしていないことに鑑みると,労働契約において売上高等の一定割合に相当する金額から同条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨が定められていた場合に,当該定めに基づく割増賃金の支払が同条の定める割増賃金の支払といえるか否かは問題となり得るものの,当該定めが当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し,無効であると解することはできないというべきである。
イ しかるところ,原審は,本件規定のうち歩合性の計算に当たり対象額Aから割増金に相当する額を控除している部分が労働基準法37条の趣旨に反し,公序良俗に反し無効であると判断するのみで,本件賃金規則における賃金の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否か,また,そのような判別をすることができる場合に,本件賃金規則に基づいて割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かについて審理判断することなく,被上告人らの未払賃金の請求を一部認容すべきとしたものである。そうすると,原審の判断には,割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った結果,上記の点について審理を尽くさなかった違法があるといわざるを得ない。
(2) なお,原審は,本件規定のうち法内時間外労働や法定外休日労働に係る部分を含む割増金の控除部分全体が無効となるとしており,本件賃金規則における賃金の定めについて検討するに当たり,時間外労働等のうち法内時間外労働や法定外休日労働に当たる部分とそれ以外の部分とを区別していない。しかし,労働基準法37条は,使用者に対し,法内時間外労働や法定外休日労働に対する割増賃金を支払う義務を課しておらず,使用者がこのような労働の対価として割増賃金を支払う義務を負うか否かは専ら労働契約の定めに委ねられているものと解されるから,被上告人らに割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かについて審理判断するに当たっては,被上告人らの時間外労働等のうち法内時間外労働や法定外休日労働に当たる部分とそれ以外の部分とを区別する必要があるというべきである。
5 以上によれば,原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。
そして,被上告人らに支払われるべき未払賃金の有無及び額等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
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25日夕、論文不正に揺れる京都大iPS細胞研究所の山中伸弥所長に、新たな疑惑があることを示唆する記事が、共同通信から配信された。最近の新聞はおかしいと思っていた矢先の出来事なので、本書を書くことにしたのである。
タイトルは「山中氏、科学誌創刊に深く関与か」。問題になった論文を掲載したアメリカの学術誌の創刊に、当時国際幹細胞学会の理事を務めた山中伸弥教授が関与していたことを伝える記事だ。
記事では「(山中氏は)現在も編集委員の1人となっている」「山中氏のほかにiPS細胞研究所の研究者も編集委員となっている」など、論文の審査に山中氏が影響力を行使したかのような表現がちりばめられている。
この記事に対して、ネット上では激しい非難が集まった。いわく「研究領域のトップである山中氏が学術誌の立ち上げにかかわるのは当たり前」「論文の審査には所属する研究機関の編集委員は関与しないのは大前提」などなど。
ここまでならよくある炎上問題。しかし共同通信は、何を思ったか断り書きや注釈もなく当該記事を差し替えるという挙に出た。タイトルからして「山中所長が給与全額寄附」となっており、元の記事とまったく異なる。内容も「不正問題を受けた山中教授は、当面の間研究所に給与を全額寄付する」という話。当初の記事で大きく取り上げていた「科学誌創刊に深く関与」については、記事の末尾に申し訳程度に添えられているだけ。
悪質なのは、この「差し替え記事」が以前の記事と同じURLでサイト上に掲載されていることだ。ネット上でURLを記載するかたちで引用していると、差し替え後の記事しか読めない。差し替え後の記事には、記事の変更についての注記などは一切ないため、元の記事は完全に抹消された格好だ。
共同通信といえば、全国の地方紙に記事を配信する立場。にもかかわらずこのような不誠実な対応をとれば、新聞報道全体への不信感を増幅しかねない。
ツイッターを1日みている日があった。1日の体験を一般化することは過度にはできないが、ツイッターでほぼ1分ごとに流れる膨大な情報に新聞社や通信社の速報が入ってくる。おおよそ一つの出来事、例えば野中元幹事長逝去のニュースは、枝野立憲民主党代表のツイート、朝日、読売、共同などのニュースが流れてくるといった形だ。事件などに対する受け止めなども、ツイートで流れたりする。そうしたらどういうことだろうか。翌日の新聞はほとんどが「ツイッターで昨日流れていた記事」をただ羅列しただけに見えてきたのだった。もちろん、ツイッターを1日見ているわけには一般の人はいかないだろうが、ツイッターを読んでいればちょっとしたキュレーション新聞なら創刊することすら可能だ、と思うくらいだ。そして、驚くのは、記事の内容が「速報」からほとんどリファインされていないことだ。つまり、大急ぎで記事を書きその後は、そのままということなのだろう。そう思うとき再度の見直しなどもほとんど行われないで紙面に掲載されているのだと感じた矢先に共同通信の山中京都大学教授の名誉毀損事件が起きたわけだ。最初はセンセーショナルに山中教授が論文を捏造したかのような書きっぷりであるが、他社のツイートなどと比較し、共同が行き過ぎていることが比較しすぐに分かることになる。そして記事の内容に対比して見出しがセンセーショナルすぎ名誉毀損ではないかというツイートが共同通信のツイッターに多くを占めて炎上状態になった。
別の記事は、昨年あたりから新聞がおかしいという指摘がある。朝日新聞は「追記」したのだろうと書いていたが、記事に追記など新聞ではあり得ないことだ。大本営発表や電話一本で取材を澄ましているケースも相当あり、新聞や通信社の信頼性に欠ける事態だ。結局、証拠を示さない記事は署名記事でない限り、全く信用できないことを露呈した。その通信社の妄想ないし願望記事といっても良いくらいだ。
一言でいえば熟議が足らないということだ。一度書いた速報の原稿がそのまま最終版の紙の新聞に載るようでは、いったい何のための新聞なのか。多角的論点から、解説記事などの充実を求められるのではないか。
特に毎日新聞と産経新聞に顕著であるが、誤解を恐れずにいえば、両社ともゴミのように記事をツイッターで発信し続けている。そこには、速報性に対するこだわりが感じられ、そのためであれば報道倫理や記事を改ざんすることもおかまいなしという態度だ。昔は、紙で刷り上がる以上、安易な追記などはできない。しかし、現在は、朝日新聞ですらインターネットで記事を1時間配信し、苦情が来たので止めたという始末だ。
ツイッターをみていると、NHKなどのニュース速報を見ているようだ。ほぼ、毎分、ピロ炉ローン、というニュース速報や緊急地震速報に似たイメージで莫大な情報が垂れ流されるのだ。昔、新聞社は紙ベースのため、速報性はテレビと比べあまり重視していないとされていた。ところが今は定時ニュースの枠が決まっているテレビの方がリファインされている印象がある。新聞が速報競争に参入した結果、記事がテレビよりも劣化し、センセーショナリズムに走り、その一端がノーベル賞受賞者を陥れたいという共同通信社の邪な願望を実現させる最悪な記事となったのだろう。
ところが、ツイッターでの批判や反論があいつぐと、そのこと自体が他の報道機関に察知され、ニュースとなってしまうわけである。結果的に共同通信は、URLはそのままで記事を全く別のものにすり替えるという姑息な手法を使って訂正記事を出すことを拒み、これを「追記」と称した。しかし、ある事実が、一定時点まで事実でその後事実でなくなった的な新聞記者の説明には驚く。ファクトは一つである一定時点まで真実がその後虚偽になることなどない。ならばよほど証拠に基づかないで記事を書いているということになるのだ。
結論的な示唆をすると、新聞は今、ツイッター中毒になっているのではないか。ツイッターの記事ばかりをまとめ上げた紙面を読みたい読者ばかりではないし、リファインされた内容を読みたいという読者も多い。そのためには、一定の時間置きの定時発信にするなど、記事のPDCAをきちんと行い、安易な速報打ち合戦を止めることだ。一日中、ツイッターを見張っていてくれてありがとうという新聞では、新聞に価値を感じる人はますます減るだろう。そのことは共同通信にも等しく該当することは当たり前である。また、とにもかくにも速報といって、ニュースバリューがない記事をも速報速報で配信し続けるゴミのような記事があふれることも問題だ。紙面という限りがないからこそその新聞社の哲学が感じられるのではないか。それが全く感じられないのが、毎日と産経であること、繰り返し指摘するとおりである。
読売新聞は22日付で「児童ポルノ所持、東京地検の検事に罰金50万円」として以下の記事を配信した。
児童ポルノのDVDを所持したとして、東京地検は22日、同地検公安部の検事菅井健二容疑者(44)を児童買春・児童ポルノ禁止法違反で東京簡裁に略式起訴した。
菅井容疑者は同日付で同簡裁から罰金50万円の略式命令を受け、即日納付した。
発表では、菅井容疑者は4月中旬頃、都内の自宅で児童ポルノのDVD12枚を所持した。地検によると、別件の児童ポルノ販売事件の捜査の過程で、菅井容疑者がDVDを個人的に購入していたことが判明した。同地検は22日付で菅井容疑者を停職2か月の懲戒処分にし、菅井容疑者は依願退職した。
菅井容疑者は1999年に任官。長崎地検佐世保支部長などを務めた。東京地検の山上秀明・次席検事は「国民の皆様に深くおわび申し上げる。事件を深刻に受け止め、再発防止に努める」とコメントした。
引用以上
菅井検事は、長崎地検佐世保支部長まで務め、東京地検の公安部に来たのだから出世コースを歩んでいたものと思われるが、児童ポルノを購入したことで、その出世の道も閉ざされたわけである。菅井検事はすでに依願退職しているとの事なので、おそらく弁護士に転身するとも割れるので、菅井検事の弁護士登録がどの単位弁護士会になされるのか注視していきたい。弁護士会も、ロリコン検事の単純な入会を認めるべきではない。
元横綱日馬富士による傷害事件に端を発した一連の問題で、日本相撲協会は被害者側の力士の親方である貴乃花親方に理事解任の処分をしたが、ここまで非常識な内容に法律家や有識者が揃いもそろって集団ヒステリーをとめることはできなかったのだろうか。
元検事がまとめた報告書はテレビで八代弁護士から酷評されていたが、貴乃花はどうして処分されないといけないのか。
元検事の言い分によると、巡業部長でありながら巡業中に起きた事件を協会に報告しなかった。また、暴行の被害者である貴ノ岩や親方本人の事情を聴きたいという要請に長い間応じなかったことが解任処分の理由である。
これらは、忠実義務に由来する報告義務違反ということになるだろうが、些末な報告義務違反で解任処分が結論づけられることに異様の様相を呈していることは明らかである。例えば、池坊保子氏は漢字検定協会の理事長を解任されているが、これは、池坊氏の資産を用いて協会の主催イベントを行い、利用料を受け取るなどの利益相反行為、わかりやすくいえば協会を食い物にしたという任務懈怠があったといわれている。報告義務違反と社団を食い物にするとのでは、後者の方が情状・態様ともに悪質であり、かつ、当然、しかるべき利益相反が起こる報告など理事会にしていないことは明らかである。こうした過去の池坊元理事長の所為と比較すれば、本件は、理事を解任するべき解任事由が生じていたとは到底いえない。
朝日新聞は、処分は妥当だというが、日馬富士の引退勧告相当と同じく併せると妥当、というのだが意味不明である。
本件の本質は、ひとえに相撲協会や池坊保子氏の「暴力なんて大したことない」という悪しき因習が未だ相撲協会にこびりついていることの裏返しであった。また、一連の報道で、八百長的なものがあるのではないかと疑われるモンゴルでのテレビ番組が報道され、八百長VS真剣勝負の各派閥争いという面も出てきた。
私は、司法修習のころ、大相撲の傷害致死事件を担当したが、結局、相撲協会は何も変わっていなかったということである。本来は組織的問題であるはずだが、個人責任にすりかえて「礼を失する」と池坊氏の道徳攻撃にどれほどの人が説得を受けるだろうか。
会社の問題というが、会社の問題であれば、勤務時間外に起きた暴行事件の場合、会社の上司が部下に付き添って警察に被害届を出すことはむしろ普通のことだ。今回は、報告義務違反を藉口して、警察に貴乃花が被害届を出したことの怨念からくる嫌がらせといっても良いのではないか。そして、個人間の人間関係もあるから、警察に被害届を出した際、貴ノ岩の意思が尊重されるべきであり、協会に直接貴乃花サイドから報告するかは、貴ノ岩には無断にはできないことだ。
こうした旧態依然とした相撲協会に対して、犯罪行為には被害届を出し、被害者として貴ノ岩が示談に応じるか否かというのも貴ノ岩や貴乃花が用意するであろう弁護士の意見に従って行われるべきことだ。だから、協会側からのあわてての接触要求は揉み消しや隠蔽を狙ったものとみてよい。現実に相撲協会にべったりの識者からは大ごとにすべきではなかったと貴ノ岩や貴乃花の被害届提出を批判する声があった。これをみると、犯罪被害者で、本来、略式になるかも怪しい事件について、そういう意図を持った貴ノ岩らの接触拒否というのは、引いてみれば合理性があることが明らかである。
また、報告、報告、というのだが、報告義務は主に経営事項に係ることであり、従業員、つまり協会員の私的な不祥事についてまで、いちいち報告義務が理事に生じるかは疑問である。ましてや被害者側の理事者にそのような義務が生じる余地はない。しかも、貴乃花は巡業部長だったというのは業務の執行者ということであり、むしろ、巡業部長に各人が報告する義務があり、理事兼巡業部長から理事会に報告するのが普通だが、だれも貴乃花に、加害者は報告していないのではないか。
もみ消そうとする意図が満載で被害者に泣き寝入りを迫り、「握手をしていた」と嘯く池坊保子氏など、被害者の観点からいけば信用ならない人間ばかりだったことは明らかである。
加えて、貴乃花がワイドショーに話さなかったことは正しい。ワイドショーと忠実義務は関係ない。世論もワイドショーに話さなかったから、記者様をバカにしていると驕り高ぶった朝日新聞は、「貴乃花親方の罪も重い」と論じるが、正気の沙汰とは思えない。自社のインタビューに応じてもらえないから意趣返しの社説だとしたら本当に正鵠を射ない幼稚な論説(1月5日付)だ。
今後、貴乃花の理事の再任があり得るかということだが、1か月で理事に解任したものを戻す程度の覚悟での解任であれば、それこそ社会慣習ではあり得ない。そのことは漢字検定協会を解任され、協会を食い物にする利益相反などで出入り禁止になったと報道されている池坊保子氏が一番ご存知なのではないか。貴乃花が理事に戻れるか否かで、裁判闘争が始まるかがおそらく決められるのではないか。